『コツ、コツ、コン、コン!』

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 子どもの頃の遊び場が、国鉄(現JR)中央線の引込線や保線区や踏切の近くだったので、鉄道業務の裏方の仕事を見聞きすることができました。踏切番の小父さんと父が仲良かったり、弟が可愛いがられていたせいで、踏切の遮断機の上げ下ろしを手伝わせてもらったことが、何度もあります。また、同級生のお父さんが、職員だったので、保線区の作業場の中に入っては、仕事に用いる機具を触らせてもらったりしました。懐中電灯がなかったからでしょうか、カーバイドでアセチレンガスを作って、それを燃やして明かりにしていたのが、何とも不思議でなりませんでした。あの燃える匂いが独特で、あの匂いがまだ鼻腔の中で感じられるようです。

 その道具の一つに、柄が長くて、鉄の部分の細くて小さい「ハンマー」がありました。釘を打つハンマーとは違っていたのです。それは、線路の留め金や、列車の車輪やその周辺の金属部分の「ひび割れ」を、そのハンマーで叩いた音で判断するためだったのです。それを借りては、金属部分を叩いて回ったことがありました。難しい構造でできている車両の鉄製の部分を、「音」で故障箇所を見つけるという職人技が面白かったのです。みんなができないような経験させてもらったのに、国鉄に勤める願いがなかったのは、今思うと、少々残念な気がします。そういえば、父の会社の一つは、国鉄車両のブレーキの部品のメーカーだったのを思い出しました。

 今朝の〈YaHooJapanニュース〉で、「笹子トンネル事故」の記事に、このトンネルだけが、金属の〈打音検査〉をしなかったとありました。この検査に使うのが、「打音ハンマー」なのです。国鉄だけではなく、あらゆる金属製品やコンクリートのひび割れ個所や不具合を見つける作業のために使われているのです。ところが、この笹子トンネルだけ、検査を実施していなかったのだそうです。〈手間のかかる作業〉を嫌う、そういった傾向が現代人にあるのではないでしょうか。友人のお父さんの給料は、父に比べてずいぶん少なかったのでしょうけど、自分の仕事への責任や使命感にかけては、父よりも優っていたに違いありません。利用者の〈命に関わる業務〉だという意識が強かったのではないでしょうか。

 一見して、つまらないような仕事に、プロ意識をもって当たる、そういった〈職人気質〉が、起こりうる過失事故から、この日本全体を守り、防いできたのです。今、日本中の鉄やコンクリートの橋脚、コンクリートのダム、鉄塔、いや日本人の生き方や意識や組織や関係も、この〈打音検査〉、総点検を必要としているのではないでしょうか。何か基本的なものが、日本の社会全体、欠落しているのを、この事故が指摘してるに違いありません。

(写真は、蒸気機関車の打音検査の作業の様子です)

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