日本語クラスで、「作文」の前期後期の講座を指導を、主にさせていただきました。教科書はありませんでしたので、一コマ一コマの教材を準備したのです。どう展開するかのヒントを、同じ街の師範大学で教えておいでの日本人教師から教えていただきました。旭川の高校で英語教師をされ、退職後、その職を得ておいででした。
ある時、どうしようかとを思い巡らせていた時に、映画俳優の渥美清が、アフリカのロケ先から、お母さまに書き送った手紙があると言うことを知って、探したのです。ありました。
『拝啓、おふくろさま。僕、元気。』
コメディアンだからでしょうか、文才に長けていたからでしょうか、実に簡潔な手紙を書かれていたのです。こんな無事の便りを書くことのできることを知って驚いたのです。さらに、南極探検隊にご主人を送り出された奥さまが、書いた手紙もありました。
『あ な た!(文字ひとコマ空きもquotation mark はありませんでした)』
この方が、夫婦愛の極致、具現とも言うべき文面には、度肝を抜かれたのです。離れている距離や期間が遠く長いほど、たくさんのことばで綴りたいはずなのに、それを押し殺して、「ひらがな三文字」の手紙を書いた情愛に驚かされました。
当時、福井県坂井市丸岡町の「丸岡文化財団」が、「日本一短い手紙」を募集していたのです。それで、私のクラスの履修者に、「短い手紙」、「三行ラブレター」などを書いてもらったのです。三年学んでいる学生への挑戦でした。その作文資料は、引越し、引越しでどこに入り込んだか消失してしまいました。ずいぶんと傑作がありました。
1993年に、日本一短い手紙」の第一回の募集があって、今も、この手紙の募集が続いているようです。次のような文章が、受賞されています。
父さん、老人病院でも
また窓際族だね。
でも今度は、神様がよく見える
特別席だよね(お父さんへ)
どうせ大好きなんだから
お母さんに「愛してる」って言ってあげなよ。(お父さんへ、17才男)
迷ったら
笑顔がうまれる方へ、
進んで下さい。(こどもたちへ、52才女)
てんきんってわるもんが
せんせいをつれてった。
やっつけるから、もどってきて。(せんせいへ、4才)
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