母の誕生日

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 「感恩」、gooの辞書によりますと、『[名](スル)人の好意や恩義に感謝すること。 とあります。昔の人は、親と、師と、君に感謝を勧めていますが、私は、これに「造物主」を加えるべきと思っております。「いのち」の付与者のことです。子どもの頃から、不思議でならなかったことが、いくつもあります。理科の時間に学んだ、こんなに重い土や岩や水の塊の地球が、何の支えもないのに宙に浮いていること。真っ赤に燃えている太陽が、地球からおどろくほどの距離にありながら、適度な温度を与えていること。しかもその距離が、少しでも遠かったら凍ってしまい、近かったら燃えてしまうといった均衡。

 「生命の誕生」、これが一番の不思議でした。父と母によって、自分が生まれてくるという、「無」が「有」を生み出すことが、微粒子のような原子が変異して出来上がるといった説には、私の頭はついていけなかったのです。そんな偶然はないからです。パソコンの部品を、洗濯機の中でかき回している間に、世界中の情報を手に入れ、自分のメッセージを地球の裏側のブラジルにも送れる機能を持った機械が出来上がるのと同じ偶然だと感じたからです。とてつもない「神秘」があること以外に、私の考えは答えを弾き出さないのです。そんな神秘の中で、母は私を身ごもり、この世へと産み出してくれたのです。そして「神秘」の秘訣を教えてくれたのが母でした。

 今日は、その私の母の95回目の誕生日です。大正6年3月31日に、島根県の出雲で誕生しました。生まれてすぐに幼女として出され、養父母の手で育てられた、と母から聞きました。相当のお転婆だったそうで、大きくなって「今市小町」と言われたほどだったと、母の友人に聴きました。東京で育った父の歯切れのいい「江戸弁」に惚れたと、母が言っていましたが、父もなかなかの好男子でしたから、気風や話し言葉だけではなかったかも知れません。4人の男の子をなした母は、兄弟姉妹がなく育った自分の孤独が、それで癒されたと言っていました。父を加えて5人の男の子の世話をして生きた人生だったといえるでしょうか。

 自動車事故、卵巣がんなどの長期入院を経て、それ以降は健康が支えられて今日を迎えています。自慢の母ですが、人としての弱さも併せ持っていたと思います。子である私にとっては容認の範囲内ですが。母からたくさんの愛を受け、教えを受け、励まされて、大きくしてもらいました。私の人生の危機に、何度も助けてもらったことを思い返しています。肺炎をなんども繰り返して、死線をさまよった私を、献身的に世話してくれました。学校を休んで寝ていると、お昼に決まって、引き売りの栗山のおじさんから、兄や弟には内緒で、「鮪の刺身」を買って食べさせてくれました。

 社会に出て、未熟で短絡的な私が上司につまずくと、母の「愛読書」を開いて諭してくれました。母の青春期に歌われていた流行歌だって教えてくれました。その歌を、『あきらめましょうと・・・』と、私の前で歌って、教えてくれたのは意外でした。でも人間味があふれていて、母の別の面を見たようで、とても嬉しかったのです。ちょうど私が、女(ひと)を恋始めていた頃のことでした。

 今、母は入院中です。延命措置をせずに、自然死を迎える途上にあります。兄弟4人で決めたことなのです。この数週間、上の兄が毎日のように、母の様子を知らせてくれています。もう口からのものを受け付けないようです。目も閉じたままで、「愛読書」を読んだり、母の好きだった「歌」を歌い、呼びかけると、わずかに応答を示している、そう先程、兄が知らせてくれました。『誕生日まではむりかも・・・』と言われていた母が、95回目の誕生日を迎えたのです。

 頑張り屋で、泣き言ひとつ言わないで生きてきた強さを、人生のターミナルで表しているのでしょうか。母は、『女の子がいたら、と思ったことがあったわ!』と一度、私に言ったことがあります。それこそが母の本音だったのかも知れません。私は、母のために、娘になりたかったのですが、なる素質がありませんでした。出雲ではなく、「永遠の故郷」に、今まさに、帰ろうとしています。私はこれを、「凱旋」と呼びたいのです。人生の様々な戦いを終えての「勝利者の帰還」のことです。入院中の母に、ここ華南の地からこう言います。

 『お母さん、ほんとうにありがとうございました!俺のお母さんでいてくれてありがとう!喜びの国にお帰りください!14歳の時に出会った「造物主」のみもとで安らいでください!きっとまたお会いしましょうね。さようなら!』        

2012年3月31日、お母さんの三男より

(写真上は、出雲市の春の花「桜」、下は、出雲市の玄関「JR出雲駅」です)

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