月の砂漠

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 先週土曜の夜、明月が、筑波の山の上に輝いていた夕べ、まさに「仲秋の名月」を眺めていました。大陸天津で見上げた月の大きさを思い出して、天然の荘厳さに浸ったのです。人は、砂漠で眺める月にも、砂漠のようにに見える月に感動を覚えるのでしょうか。

月の沙漠(さばく)を はるばると
旅の駱駝(らくだ)がゆきました
金と銀との鞍(くら)置いて
二つならんでゆきました

金の鞍には銀の甕(かめ)
銀の鞍には金の甕
二つの甕は それぞれに
(ひも)で結んでありました

さきの鞍には王子様
あとの鞍にはお姫様
乗った二人は おそろいの
白い上着を着てました

(ひろ)い沙漠をひとすじに
二人はどこへゆくのでしょう
(おぼろ)にけぶる月の夜()
(つい)の駱駝はとぼとぼと

砂丘を越えて行()きました
黙って越えて行きました

 これは、童謡で、砂漠を旅する王子や王妃だとすると、現実主義者にとっては、鼻持ちならない歌詞の内容なのだそうです。でも、子どもの頃に、見たことのない砂漠を想像させるには、十分な歌詞であり曲であったのです。

 この「月の沙漠」は、加藤まさおが作詞しています。着想を得たのは、作詞当時、千葉の御宿海岸で、病気療養中だったのですが、砂浜に立ったのでしょうか、そこからはるかに望み見る月に、きっとあるだろう砂漠を思い描いた、空想の詩なのです。

 ウサギが餅つきをしていたり、犬が吠えていたり、獅子吼していたりと、いろいろな想像を膨らませることのできる月です。砂漠は、陽が落ちて、月が登ると、恐ろしく寒くなってしまうので、テントを張って、その中に入らなければならないことが多そうですが、砂漠地帯の月は、幽玄なのでしょう。

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 中国の西、新疆ウイグル自治区に位置するタクラマカン砂漠に、いつか行ってみたいと思いつつも、願いを果たせずの今なのです。そこから、パキスタンに近い、山岳地帯になるでしょうか、桃源郷の「フンザ王国」が、かつてあったと聞き、バス旅行で行けると聞いてからは、夢の実現を考えていました。

 そうしましたら、写真集(市立図書館で借りて見ました))を見、小説の「草原の椅子(宮本輝に作品で、映画化にもなりました)」を読んでから、その思いは、なおさら強くされたのです。映画化されたものも観ましたが、映画は、自分の image と違うのが残念で、ちょっとがっかりしてしまいました。

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 「逃げる」を「北げる」とも書くのだそうですが、「西げる思い」は、今も強くあります。父の世代は、「蒙古の砂漠」だったのですが、わたしたちは、〈月の砂漠世代〉になるでしょうか。作曲した佐々木すぐるは、青い鳥児童合唱団を結成し、多くの学校の校歌の作曲をされた方でした。思い出深い童謡の一つです。

( 「タカマルカン砂漠」、家内撮影の「十五夜月」の光景です)

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