幕末の雄

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 高知の桂浜の高台に、坂本龍馬の像があって、太平洋の彼方に目を向けて、遠望している姿が印象的でした。華南の街のわが家に出入りしていた若者が、明徳義塾高校に留学するので、親御さんに代わって、その入学式に出席したことがあり、その式の帰りに、その高台に上がってみたのです。

 この龍馬は、あまりにも虚飾が多くなされて、実像とかけ離れているのを知って、司馬遼太郎の功罪を考えてしまいました。sensational に筆を進める誘惑に、小説家はさらされているので、遥かに実像とかけ離れた人間像が作られ、それが一人歩きをしてしまうのでしょう。

 世界に目を向けていた幕末期の青年であったことは間違いがなさそうです。当時の青年たちが、鎖国の外の世界に関心があったからです。同じ土佐から、船員だった万次郎が太平洋を漂流して助かったのですが、その万次郎が、10年ぶりに帰国して、その漂流の記録を本にしました。「漂巽記略(ひょうそんきりゃく)」で、鎖国で海外事情に飢えていた人々に、その本は情報を提供しています。龍馬も、その本を読んで、その目を外国に向けたのでしょう。

 それで観光用の像が、太平洋の彼方に向けられた龍馬像を作っているのでしょう。面白おかしさではなく、歴史上の人物の真実さを提供してくれるのが、「日誌」です。1966年から68年にわたって、同じ司馬遼太郎作で、毎日新聞に掲載された「峠」があり、幕末に登場した人物を取り上げていました。文庫本になっていたのを、読んでみたことがあります。

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 越後国長岡藩の家老を務めた河井継之助を、小説家の筆で、憶測や願望をもって描いていますが、実虚を織り交ぜた小説で、読者の興味に応じて筆を運んでいるので、実像とは大分違った誇張や飾りがあります。買って読んでもらわなければならないので、何とかも方便があるのでしょうか。

 幕府支持の長岡藩は、長州軍を迎え撃つのですが、福島の会津只見で、戦いで負った傷が原因で没しています。あの戊辰戦争の犠牲者となったのです。その只見川の河畔に、記念館があるそうで、雪が溶けて春になったら行ってみたいと計画してます。日帰りは難しそうですが。

 この徳川への恩義や忠実さを忘れず、穏健な立場をとって、会津と長州の間で執り成しをしますが、長州に打たれてしまいます。この継之助の実像を知りたかった私は、彼の日誌を、古書店で見つけたのです。藩の要職につく以前の、若き日々の旅行記です。コロナ禍の良い点は、いながらに旅行案内の日誌を読んで、文字と sketch で、その旅程を、当時の様子を思い描きながら 楽しむことができることなのです。

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 『安政戊午(ホゴと読み、五年のことの様です)十二月二廿七日に、長岡を出で・・・』、継之助が32歳の時でした。三国峠を越えて、九日後に江戸に着いてます。品川沖では、「異船(外国船のことです)を見て、驚き怪しんだと言うよりは、『気味好き事なり。』と言っています。

 横浜、鎌倉などを訪ね、実に羨ましい旅の見聞を知ることができるのですが、若き継之助の目的は、観光だけではありませんでした。これと決めた人を訪ねて、教えを請うと言った修行時代の旅でした。四国は備中松山藩に、「幕末の三傑」と呼ばれた、「山田方谷」と言う賢者から教えを受けたいと願っての西国遊学の旅でした。この方谷は、石井十次、富岡幸助、山室軍平らに、「至誠惻怛(『世に小人無し。一切、衆生、みな愛すべし。』と言った教えです)」の教えの影響を与えています。

 方谷は、多忙だったのですが、よく時間を割いてくれて、その訪問を『談ず。』と書き残しています。その内容の記録は省いているのです。旧知の会津藩の訪問者などもいて、そう言った訪問者仲間でも、『談じ。』たのです。師の方谷は、江戸に行く用ができたので、継之助は短期滞在で松山を経って、九州に向かうのです。

 十月二廿一日に、肥後国熊本に着いています。加藤清正の築城した熊本城は、長岡城と比べてみたのでしょう、その石垣の大きさに驚きを見せています。噂に聞いた通りの城だったのでしょう。『平地多し、広大なり。』と言って、城下から薩摩の方面を見たのでしょう、肥後藩の豊かさを、その感想で記しています。

 後世に残そうと旅日記を書いただけではなく、金銭の出納の記録を、『何々に二文。』とか書き残していますし、漢書を学んでいた人なのに、当て字も多くある様です。自由に書き記した日誌だったのがうかがえます。よく本を読んだ人でしたが、〈多読〉ではなく、《精読》を旨とした人だと言われています。

(越後長岡の花火大会、旅行地図です)

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