安全

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 私たちの生活の舞台の「地球」が、悲鳴を上げているのが聞こえてきます。そして、その悲鳴は日々に強くなってきています。こんなに均衡の取れた世界を、人が破壊してきたからです。それは飽くことのない〈欲望〉によりました。大自然への畏敬や感謝を忘れたと言った方がよいかも知れません。かつては、自然と人は共存していたのです。古代の人たちは、大自然の神秘さを認め、そこに秘められた力の大きさの前に、頭を垂れていたのです。

 私たちは、大地に生え出た食物になる種を採って保存し、それを時季に応じて蒔き、収穫した物を食料とし、来年のために種を確保して、それを繰り返して、営々として農耕を続けてきたのです。適度の温度、適量の雨、バクテリアによって土が再生されます。土に鍬を入れずに休耕したり、堆肥を加えて沃土を作ったり、水を引いたりして、そこには労りの気持ちが注がれていました。

 ところがその循環がうまくいかなくなってしまっているのが現代です。自然が壊れたので、病気や疫病、自然災害が起こっていないでしょうか。『エツ、このトマト、昔の匂いがし、味がする!』と思ったら、生産者が土づくりに励んで、その土で栽培しているのだと答えていました。

 また、農薬は、必要最低限度の使用にしているのだとも言われます。リンゴも形状が歪だったり、擦り傷があったりなのです。でも美味しいのです。ただ甘いだけではなく、酸味が程よくて、これも昔ながらの味がしています。『どこから買うのですか?』と言いますと、長野や群馬や栃木周辺の農家が、量産するのではなく、見栄えを気にするのではなく、極力注意を払いながら栽培している農産品、さらには加工品を、購入して、それを販売している、「四つ葉生協」が扱っているのです。

 帰国後、私たちは、極力注意しながら生活をしてきています。友人が、この生協を紹介してくれたからです。ある時、新聞を読んでいましたら、〈苺の農薬使用料〉のことが載っていました。その苺が輸出されているのですが、台湾は輸入禁止をしているそうで、その理由も記されてありました。何と、台湾の農家の400倍もの殺虫剤を使っている、とありました。

 それに驚いたからです。病害虫から守らないと、商品価値を維持し、上げられないので、そのような使用をしているのです。昔、知り合った農家に招かれて行きました時、美味しい桃を出してくれました。『これは食い料で、家で食べてる物だから美味しいですよ!』と言われたのです。農協に出すのとは別な木から獲った物でした。農協企画があるのでしょうか、初めて聞いて驚いたのです。

 安いし安全だというので、曲がっていて、形状の悪い胡瓜(きゅうり)も、毎週注文しています。調理しにくい曲がりなど気にしないでいます。そういう農産品を食べることによって、安全を考えながら栽培する農家を支えていくことができるからです。華南に住んでいた時も、《三十家族》がかってくれたら、農家として生きていけると言って、農業をしようと考えておいでの方がいました。

 使っていない農地が増え、米余りの現代、安全で美味しい物作りをして、それを支持する消費者がいたら、農業は成り立つのかなって思っているのです。第一次産業が国家の根幹事業です。《食の安全》を踏まえた農業が再生できたらいいな、と思う年の暮れ、一人一人が反省しながら、新しい年、2022年を迎えたいものです。

 

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