遠足

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 東京都内に、「愛宕山(あたごやま)」があります。標高25.m、都内(23区内)《最高峰の山》なのです。1925年7月に、ラジオ放送を開始するための放送塔が、この頂上に作られ、私たちの国のラジオ放送の原点、記念碑とも言われています。

 近くまで行ったことがありましたが、登山はまだしておりません。都内には山があっても、その程度の標高なので、昔、都内の小学校の「遠足(山登りや校外学習)」は、どこに決めていたかと言いますと、ある学校は、栃木市(かつては都賀郡大平町)の「太平山(おおひらさん/標高341m))」だったそうです。

 小学生が、浅草駅から東武線に乗って、1931年3月に開業した「新大平下駅」で下車して、登山をしたのだそうです(両毛線の大平下駅は、もっと早く開業しています)。都内から近い山といえば、中央線の高尾山か、この太平山だったのでしょう。戦後、東京の西部にある小学校の遠足の定番、《太平山登山》だったのでしょうか。

 今日も、散歩で太平山に行ったのですが、車の通う道路のコースで登ったのですが、帰りは、石段があって、それを踏んで下りました。すると途中、『こんにちはー!』と元気良く、小学生の一段が上がってきたので、『遠足?』と聞きましたら、『いえ。自然観察と研究でーす!』と答えてくれました。

 日本の小学生は、横断歩道を渡る時も、手を挙げて、『ありがとうございます!』と感謝するので、中国の人にも有名で、ハキハキして元気で、礼儀正しいし、年長者への敬いもあって、素晴らしいなと思いながら、『ガンバってね!』と言って行き違いました。

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 真っ青な秋空の下、福青夜風は冷たかったのですが、山なのでマスクを外し、手ぬぐいをねじり鉢巻で頭に縛り、枝を杖にして、登って来ました。『秋はいいな涼しくて、おこめは取れるし、柿も甘いし・・・』と歌いながらの小遠足でした。家内が作ってくれたお昼ご飯が、殊の外、美味しく頂けました。

 歩いて行ける山は、山の中に住んでいたような生まれ故郷を除いて、初めての街に住めて満ち足りています。奥深い関東平野を、電車の乗って帰って来て、この山が見られるようになると、なんとも言えない、落ち着きを感じてしまいます。木々に囲まれ、枯葉を踏むと。生まれた村に回帰している感じがするのです。

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