歴史

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 『上海に雨が降ると、翌日福岡も雨になる!』と聞いたことがあります。一国の気象でさえ、大陸と深く関わっているわけです。あの遣唐使船や遣隋船の行き来の交流によって、文字や文化の伝来があって、深い結びつきがこれまでもあった日本です。大陸に咲く花や野菜の種が持ち帰らられたりして、日本で栽培されてきています。

 物事は、地球規模、さらには世界規模で考えると、考え方は飛躍的に広がって行きそうです。今の時代を知るためには、歴史を学ばなければならないわけです。歴史学者のアーノルド・トインビーは、世界の歴史を、26に区分していますが、その一つに、「日本の歴史」をあげています。そして、世界の国と国との力関係に、日本が果たした役割の大きさを次のように語っています。

 『1840年のアヘン戦争以来、東アジアにおける英国の力は、この地域における西洋全体の支配を象徴していた。1941年、日本は全ての非西洋国民に対し、西洋は無敵ではないことを決定的に示した。この啓示がアジア人の士気に及ぼした恒久的な影響は、1967年のヴェトナム戦争に明らかである!』とです(毎日新聞)。

 『自分の国の歴史を学ばなかった国は滅びる!』とも、トインビーは言っています。よく〈歴史の改竄(かいざん)〉と言われて、自分の国に恥ずかしい歴史を覆い隠したり、解釈を曖昧にしたりして、新しい世代に、正しい歴史の事実を、作為的に教えようとしない国があります。私たちの国では、故意に、不都合な事実を次の世代に教えようとしない隠れた部分がありそうです。

 ユダヤ民族は、「律法」や「自然」を学ぶだけではなく、自分たちの民族のたどった「歴史」を、父親が子たちに教えて、学んできているのです。辛いことも恥ずかしいことも、歴史の中に刻まれた「事実」を、子どもたちは教えられてきているのです。学んだ子どもたちが、自分で判断し、教訓を学んだり、新しい視点を得ていくのです。

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 『あの出来事は知る必要がない!』との大人の判断が入り込むと、歴史は歪んだものになるのです。聖書に、「これはアダムの歴史である(創世記51節)」と記されてあります。そうしますと、私たちにも、「自分の歴史」があることになります。

 歴史を学んだことのある私は、手で触れるように、過去の事実に直面したいのです。父や母に、それぞれの歴史があり、話してくれた部分と語れなかった部分とがあります。子どもの私は、それらの断片を繋ぎ合わせて、類推して、『こうだったんだろう!』と結論付けようとするのです。

 家督を継げなかった父は、母違いの弟を太平洋戦争で失っています。自分の姓を捨て、母の姓を名乗ったのですが、『俺の家系は、鎌倉武士の末裔で 三浦大介の子孫なのだ!』と言ったことがあります。そこまで聞いたのですが、私は、頼朝の家臣として土地を賜り、三浦半島の一郭に土地を得て、『そこで千年になんなんとする年月を過ごしてきた一族なのだ!』、『きっと、鎌倉の若宮大路を馬上高く駆け参じて、頼朝の御所に馳せ参じたのだろう!』と考えたのです。

 いえ、『腰に獣の皮を巻いて、欠いた石の鏃をつけた槍で、獲物を探し求めて歩いていた者たちに子孫!』と言った方がいいかも知れません。さらにエデンを去った失楽園後、『後悔と不安と恐れで生きていた者の子孫であると言った方がいいかも知れません。

( ”クリスチャンクリップアート “ のエデンの園のアダム、現在の若宮大路です)

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