記されてある名

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 「だがしかし、悪霊どもがあなたがたに服従するからといって、喜んではなりません。ただあなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさいい。(ルカ10章20節)」

 結婚して住み始めた街に、私たちは「戸籍」を置いてあります。家内は、東京都文京区湯島切通、私は、島根県出雲市が旧戸籍でしたが、それぞれの親の籍から離れて、新戸籍を持ったのです。そこに一年あまり住んだ後、いくたびも引っ越しをしましたので、何かの公的な手続きをするためには、その謄本や抄本を取るのに、申請手続きが不便でした。

 でも、なかなか新戸籍にする気持ちになれないまま今日に至っています。運転免許証の更新をしませんでしたので、身分証明をするのに、健康保険証、旅券(passport)、時には印鑑登録の提示を求められます。それで、つい先頃、家内と二人で市役所に行き、「マイナンバーカード」を申請してきたのです。

 外国に行きます時に、各国の税関で、旅券を提示し、査証を必要とする国には、自分の名の記載のあるものを提示しなければなりませんでした。長く住んだ華南の街での滞在は、長期滞在用の留学生ビザ、就労ビザでしたが、最後には、「90日間」の滞在の就労ビザでした。家内は二度、私は一度のstay overをしてしまい、始末書を書いて提出しました。

 三ヶ月の目前に、福建省厦門(xiamen シャーメン、アモイ)の港から、船に乗って、金門島に渡るのです。40分ほどの船旅でした。台湾領で、そこの名物が「牛肉面」でしたから、行くたびに、港の食堂で、それを美味しく食べて、折り返しの船で厦門に帰り、中国版の新幹線で家に帰ったのです。三ヶ月に一度の小旅行を繰り返したのは、けっこう楽しかったのです。台風襲来の時期もありました、一度だけ金門に、また厦門にも泊まったことがありました。台湾版のセブンイレブンがあって、入ったことがあったのです。

 父の戸籍には、父に付けてもらった「名前」が記入されているのですが、私は、その名前が気に入っているのです。父曰く、ある政治家のお父さんの名前なのだそうです。その政治家も、父親の名の一文字を使っているのです。この方との関係は近そうですが、一度も会ったことはありません。父や兄たち、級友たちは、二文字の最初の字で、私を呼び、母は「ちゃん」を付けてくれました。今では、今春小学校に入るお嬢さんが、その名で、まるでお友だちの様に呼んでくれ、いい気持ちを感じています。

 「勝利を得る者は、このように白い衣を着せられる。そして、わたしは、彼の名をいのちの書から消すようなことは決してしない。わたしは彼の名をわたしの父の御前と御使いたちの前で言い表す。 (黙示録3章5節)」

 その名が、すでに「天」に記されてあると言うのです。まさに、そここそが《本籍地》になります。流浪者の様に旅をし、寄留者の様に仮住まいをし、27回も住所を変えてきた者なのに、定住地にある名簿に、名が記されている、その確信があるのです。二度と剥奪されることなどありません。

 どこに記されているのかと言いますと、天にある「いのちの書」にです。正確にいますと、「小羊のいのちの書」です。イエスさまをキリストと信じた者の名は、誰でも記されてあります。それは、世の始まる前から、その人が生まれる先に、もう書き込まれていたほどなのです。人の救いが、自分の功によるのではなく、「神の選び」によるからです。

 「門番は彼のために開き、羊はその声を聞き分けます。彼は自分の羊をその名で呼んで連れ出します。 (ヨハネ10章3節)」

 その書に、父の名も、母の名も、四人の子の名も記されてあると確信しています。そして驚くことに、この私の名でさえも書き込まれてあるのです。その名で、呼び出してくださるそうです。神さまが、私の名を、父や母や妻の名、そして子や孫、兄弟姉妹や友の名を、個人的に知っていてくださる、そんな神さまなのです。

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