秋刀魚

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 子どもの頃、まだ戦争の余韻が残る時代だったのでしょうか、「人間の条件」とか「真空地帯」などの戦争映画がよく上映されていました。軍隊の理不尽さや隊内の不条理さや酷さや辛さを描いて、戦争批判をしていました。そんな中に、兵隊の一番低い位の「二等兵物語」のシリーズが上映されていたのです。その中で、主演の伴淳三郎が、「歌う二等兵」を歌っていました。

粋な上等兵は 思いもよらぬ
せめてつけたや 星二つ
雪の夜中に ふんどし一つで
鳥毛逆立て 捧げ銃(つつ)
ひどいなひどいや こいつはひどいや

「コラ、何をガタガタふるえちょるんだ、
アーン、貴様年は何んぼか」
「でありまし」
「馬鹿者ありましとは何んたる事か
標準語を使え年は何んぼか」
「ハッ三十一でありー
ハッハックション」

敵が落した 焼夷弾が裂けて
髭の隊長が 腰ぬかす
ありゃりゃこりゃりゃとよくよく見たら
何と隊長の 髭が無い
すごいねすごいや 焼夷弾はすごいぞ

「隊長殿、御立派な髭が燃えちまって見当りません」
「馬鹿者!髭など問題じゃないんだ
司令部の屋根っこさ燃えてんでないか 分んねえのか
早く消せ!」

月も出たのに 休めはまだか
若い班長が 恨めしや
どこで焼くのか さんまの匂い
風が吹くたび 鼻が鳴る
つらいなつらいや 二等兵はつらいなぁ

 夕闇の帳(とばり)が降りて、薄暮が過ぎて、月の明かりだけの運動場で、ボールを投げ合い、走らされたり、うさぎ跳びをしていました。勝たなけれならない強豪校の予選会前の練習でした。喉は乾くし、お腹は空くのですが、『休め!』や『終わり!」』の号令は下りません。

 運動場の外れに、教員住宅や市営団地があって、秋の夕べには、夕食の秋刀魚を焼く匂いと煙が、たなびいてくるのです。バンジュンが歌う、『・・・どこで焼くのか さんまの匂い 風が吹くたび 鼻が鳴る・・・』の歌詞が思い出されて、まさに、『・・・月も出たのに 休めはまだか・・・』でした。もう六十年も前のことが昨日の様です。

 その秋刀魚が今年は不漁、一尾五千円もする高値だと、ニュースが伝えます。近所中で、サンマを焼くような子ども時代は、夢であった様に感じる〈世知辛さ〉の今日この頃です。平和の時代の只中で、〈コロナ騒動〉やら隣国の騒動やらイナゴの異常発生で、世相は騒然、庶民の心は恐れと不安に揺れています。それでも《否定的に過ごすよりも、肯定的に捉えて生きる方が得策だ!》に、うなずいて生きることにします。

 インターハイや国体の予選に勝っても負けても、全ては思い出の中です。悔しさよりも、あの秋刀魚の匂いが恨めしいほど、空腹だった方が、強烈な思い出です。明日は秋刀魚でも焼こうかなの、日曜の食いしん坊の夕べです。

(〈フリー素材〉の七輪の炭の上の秋刀魚です)

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