甘露

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昔、よくなめた飴に、「甘露飴」がありました。今日、10月8日は、二十四節気の「甘露」です。どんな時候かと言いますと、「露が冷気によって凍りそうになるころ。雁などの冬鳥が渡ってきて、菊が咲き始め、こおろぎなどが鳴き始めるころ。『暦便覧』では、「陰寒の気に合つて露結び凝らんとすれば也」と説明している(ウイキペディア)」だそうです。

それにしても、気温が日中、しかも夕方に、30℃近くになったままの暑さには、期待が裏切られた私の体が混乱をきたしている様です。しかも、日本の西南方面の海上には、台風19号があって、日本列島を窺っています。自然要塞の様な中部山岳の盆地で、生まれ、そしてアメリカ人起業家について戻って、、長く生活してきた私には、ここ栃木も、後ろの山々が控えていて、要塞の中の気分でいます。

でも、〈菊薫る秋〉、秋の花々も、なんとなく澄まし顔をして咲くかの様です。冬にここに住み始め、春になって栃木市民になり、猛暑の夏をめいっぱい過ごし、今や秋を迎えています。ここは、まるで「甘露水」を飲む様に、水も美味しいのです。本当の甘露水は、水に砂糖などの甘味料を入れて作るのですが、〈美味しい水〉を、『まるで甘露水の様!』と言うそうです。

北海道のニセコの湧き水が、冷たく美味しくて、ある方が、そう言ったと聞いたことがあります。そう言えば、ふるさとの湧き水が美味しかったのを思い出します。また、東京に越してきて、水道が引かれる前、わが家にあった井戸水が、夏は冷たくて、冬は暖かくて、飲んで美味しかったのを思い出します。
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昨日、図書館の行き帰りに、道から奥の方に、「ポンプ井戸」がありました。家庭菜園の水遣りにでも使うのでしょうか、まだ現役然としておりました。ついぞ見かけなかった井戸が、身近にあって、汲んで飲んでみたくなってしまったのです。

華南の街の家から、菜市場に行く道に、同じ井戸がありました。ポンプも鶴瓶もなかったのですが、この水を生活用水に使い、洗濯にも使ったのでしょう。きっと〈井戸端会議〉もされていたのかな、と思ったりしていました。私がよく読んだ本の著者の「倪ni」と言う方が、若者たちを集めて講義をした校舎や宿舎跡に、その井戸がありました。覗き込んだら、そこに私の顔が写って見えました。

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