新学年

 

 

こちらの新学年は、私たちのような日本での「染井吉野」の桜が開花する時期と違って、暑い夏が一段落してから始まります。昨夕会った中学生は、『学校に行きたくない!』と怠学症候群で、休み中、目一杯に、“game”に集中し過ぎてしまって、ご両親を困らせています。それで私たちは、その“game “を唾棄(だき)したくなるほど、反吐(へど)がでるほどに、忌み嫌えうようになるように、願っているのです。

壁一つ隔てた隣家の小2の女の子が、前になかったのですが、新学年が始まってから、登校前に泣く声が聞こえるようになっているのです。問題帳の問題ばかり、教室の硬い椅子に座って解くだけなんて、つまらないに違いありません。隣の爺さん婆さんの私たちは、この女の子に同情的なのです。前に住んでいた小区の正門の脇に幼稚園があって、この時期に、二、三人必ず、門から入りたくなくて、泣きながら、家に引き返して行く新入園児がいました。お父さんはオロオロするだけでした。

先日、南側のベランダの下を、小6ほどのお嬢さんが、颯爽と登校して行きました。何と、”バーバリー“の格子模様のスカートを履いて行くのです。「いや、豊かになったんだなー!』と、たいへん驚いたのです。ところが、その日、11寺半ごろに、買い物に出たら、お昼に家に帰って来る小学生の一団が、みんな”バーバリー“なのです。銀座の小学校の制服問題のニュースを聞いていたのですが、この街の公立小学校でも、「制服」の着用に、今学年からなったようです。

そのスカートが、本物かどうか分りませんが、「学習院」のような感じがしてきてしました。私たちの時代は、貧乏人は貧乏人のように、金持ちは金持ちのように、生活水準が、眼に見えて分かったのです。《画一化》なんてことを言わなかった時代でしらた。貧乏人の子は、『何くそ!!』で、『今に見ていろよ!』のハングリー精神に萌えていました。悪びれることなんかなく、快活に生きていました。

昔、大蔵大臣で、後に総理大臣になる池田勇人大臣が、『貧乏人は麦を食え!』と言ったとかで物議を醸(かも)していたことがありました。それは、マスコミが曲解した言葉で、池田大臣が、『所得の少ない人は麦を食べる、所得の多い人は米を食べるといった経済の原則に副って~』と国会で答弁したのを、マスコミが脚色して報道したのです。『麦を食え!』と言ったわけではなかったのです。

実は、栄養学的に、麦飯を食べていた貧乏人の方が、白米を食べている金持ちよりも健康だったわけです。脚気(かっけ)なんかにもならないからです。天の配剤は決して不平等なんかではないのです。忍耐力や、反発力だって、上手に使えば、ものすごく好い結果を産み出すのです。天津にいた時、そこは首都北京に隣接した街で、特別市でしたが、農村に行きますと、貧しかったのです。都会のことは違って、田舎の子は着る物も食べる物も、歴然と違っていました。

立たされ仲間で、帰りにコロッケを買って、お父さんを戦争で亡くした同級生に、奢(おご)って上げたことが、小学校の頃に何度かありました。きっと彼は社長か商店主かになっているかも知れませんね。中国は豊かになっています。こちらにあるアメリカ系のスーパーに、時々行くのですが、ものすごい量の買い物をしているのを見て、何十年も前にアメリカに行って見たのと同じ光景に驚かされています。それでも、ゴミ箱を漁っている方ものいるのは、アメリカもここも同じです。

ハングリー精神って、強靭な精神を培うのでしょうか。終戦後の日本が、それで経済復興をして行ったわけです。”バーバリー“のスカートの驚かされた私です。

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