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昨日の朝、7時40分に、いつもの様に家を出ました。立体交差の橋脚に近づきましたら、聞き覚えのあるメロディーが、けっこう大きな音量で聞こえてきたのです。ダンスサークルのメロディーです。確かにあれは、「星影のワルツ(白鳥園枝の作詞、遠藤実の作曲で1966年発表)」でした。
1 別れることはつらいけど
仕方がないんだ 君のため
別れに星影のワルツをうたおう
冷たい心じゃないんだよ
冷たい心じゃないんだよ
今でも好きだ 死ぬ程に
2 一緒になれる幸せを
二人で夢見た ほほえんだ
別れに星影のワルツをうたおう
あんなに愛した仲なのに
あんなに愛した仲なのに
涙がにじむ夜の窓
3 さよならなんてどうしても
いえないだろうな 泣くだろうな
別れに星影のワルツをうたおう
遠くで祈ろう 幸せを
遠くで祈ろう 幸せを
今夜も星が降るようだ
別れ、さようなら、涙、泣く、冷たいこころ、失恋などの日本人の好む「ことば」や「感情」が、歌の中に散りばめられています。中国のみなさんが、翻訳された歌詞で、同じ哀調メロディーで口ずさむ時に、共感して止まないのです。そのほかにも「北国の春」、「津軽海峡冬景色」、「みちづれ(山茶花)」などもよく歌っていたり、MP3でメロディーが街中に流れています。
同じ東アジアの感性なのでしょうか、朝鮮半島のみなさんも、日本の「歌」を好むのです。同じ血が流れているからか、血が近いからでしょうか。それとも米作民族だからでしょうか。都会で生活をし始めるのですが、心の傷ついた若者が、出て来た田舎を振り返って、そこにある山河、父や母や兄弟姉妹や友、食べ物、そして思い出に郷愁を抱く様な感情があるからです。
杜甫や李白、芭蕉や牧水などは、都会に住めない漂泊詩人が多くおいでです。彼らの詩や歌は、人の心を捉えるのでしょう。人生は短いのです。それで生まれてから没するまでの行程は、旅に例えられるわけです。死の向こうに、《永恒の時》が残されているとすると、まさに私たちは、この世の《寄留者》で旅人に過ぎないわけです。悔いのない旅を続けて行きたいものです。
日曜日の朝は、「演歌」ではなく、天にも届く様な、全地に響き渡る様な歌を聞き、歌って始めたかったのですが、この世の現実は、失恋の歌でした。でも私の思いに中には、母がよく歌っていた、心に透き通る様な歌が溢れていました。
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