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 家を出て、坂道を降って、踏切を渡って、左に緩やかに湾曲する道を下ると、道端に「桶屋」が2軒ありました。今ではステンレス製やアクリル製のものが多くなっていますが、やはり、風呂桶は「檜(ひのき)」が一番です。その檜の板を、様々な刃のついた鉋(かんな)を、換えながら削っているのを、飽きずに眺めていました。鉋屑が、紙のように捲れてヒラヒラと木の床に落ちてくる様が、懐かしく思い出されてきます。

 ボタンで温度調整ができるなんて便利なものがある今では、考えられませんが、薪の焚き口があって、火加減と加水で湯温を変化させていたでしょうか。風呂桶には、「上り湯」が仕切られてあって、工夫がされていました。もちろん、水は、井戸から 手動の pomp で汲み上げていたのです。

 中部地方の山の中に、町営の日帰り温泉施設がありました。月2度、真夜中のスーパーマーケットの定期の床掃除を終えて、一っ走り、そこに、年に二、三度行ったでしょうか。山懐にこんこんと湧き出でる温泉が、大好きでした。今でもあるでしょうか。

 そこの湯船は、石ではなく、「檜」で作られていました。出来たばかりだと聞いて、初めて行った時、山深い樹々の緑と、川のせせらぎと、風や小鳥の声の中に、檜の香りが立ち込めて、湯船の中で疲れていた私はまどむほどだったのです。

 貸切のような湯船の静寂なたたずまいは、20年経っても忘れられません。きっと車の運転ができたら、今頃は飛んで行ってることでしょう。家内の同級生が訪ねて来られて、お連れしたことがありました。この二人は、同じような生き方をしているご婦人で、教会での人間関係で疲れていたのでしょう。何でも話せるほど親い友と、湯船で、そして休憩室でお茶や駄菓子で談笑していました。


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 同じように四人の子育てを終えて、都会の教会の役員に気疲れしたようです。高教育を受けた役員婦人に、学歴の高くないこの方の立場は、きつかったようです。誰にも話せないようなことを、湯船で話したのでしょう。あだ名で呼び合うような仲の二人に、《女の友情》っていいなと思わされたのです。

 昨日も、家内の勧めで、市内の温泉施設に出かけたのです。われわれ世代と中年、若者がチラホラでした。散歩で出かけ、お昼を挟んで二度入浴したのです。ジグゾー浴、炭酸泉、自噴温泉、露天と繰り返しながら入る温泉に、季節の変わり目で痛む腰を温めてくれ、何とも結構な湯でした。あれで、檜の湯船だったら、グッと好いのですが。あの桶屋の鉋屑を、鼻で嗅いだあの日々が思い出されてきました。
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