共にある慰め

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 「 主の聖徒たちの死は主の目に尊い。 (詩篇116篇15節)」
 「私は裸で母の胎から出て来た。また、裸で私はかしこに帰ろう。主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。(ヨブ記1章21節)」

 今日、娘から連絡があり、私たちの恩師のお嬢さんのご主人とお嬢さんが、オレゴン州の街の水かさが多くなっていた川で、川下り中に溺れてしまい、川の流れに流されて召されたと言ってきました。急なことで、私たちもとても驚いたところです。

 時あたかも「降誕節」でした。私の愛読書に、その降誕節の様子が記されてあります。

 「すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。 (ヨハネ1章9節)」
 「これはわれらの神の深いあわれみによる。そのあわれみにより、日の出がいと高き所からわれらを訪れ、暗闇と死の陰に住んでいた者たちを照らし、私たちの足を平和の道に導く。(ルカの福音書1章78〜79節)」
 「きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。 (ルカの福音書2章11節)」

 これは暗闇の中に、救い主が来られることが預言されたことばです。新型コロナをはじめ、病むことへの心配、死への恐れで人々の心は暗黒の中にあります。その闇夜を、まことの光によって照らすために、「救い主」が来られるとの預言が成就して、ベツレヘムに、神の御子がお生まれになったのです。

 愛するご主人と娘さんのお二人を亡くされたEさんを、主が慰めてくださいます様にと、心からお祈りいたします。私たちの四人の子どもたちが、アメリカの学校にいた時に、様々に助けてくださった方で、とくに次女は、この方の近くで生活をしていて、つい一昨日も、お嬢さんがご用意くださった食事で、娘の家族をお招きくださって、楽しく感謝な交わりしたそうで、その時の様子を撮った写真を送信してくれたばかりでした。

 今晩は、一緒にいてあげると、次女から言ってきました。悲しむ者と共に悲しみ、また慰め励ますために、真の友はそばにいて上げられるのです。ご一緒にご家族で過ごされた素晴らしい日々、年月に目をとめられ、また再会できる望みに、心が満たされます様に、心から願っています。主のお許しなく、何も起こらないことを認めて、悲しみが癒され、主の激励にあって生きていかれます様に、心から祝福してお祈りしています。

 全知全能の神が、辛い経験の中で、悲しみの中にともにいてくださいます様に、また耐える力を与えてくださる様にお祈りします。(24日の夜に記しました)

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