自然の理

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このところ社会の中に、頻繁に起こっている社会現象ですが、「ごまかす」ことが横行しています。漢字では、「誤魔化す」と書くのですが、この言葉には、二通りの由来があります。一つは、『これは、<弘法大師 >が焚いた、ありがたい<護摩の灰>です!』と、ただの燃えかすの灰を売り歩いて、ご利益のある<ありがたい灰>だと言って、<護摩☞誤魔かし>て、善男善女を騙したのです。それで、この詐欺行為を、「ごまかす」と言ったのだそうです。

もう一つは、江戸時代に売られていた、「胡麻(ごま)菓子」から来ているのだそうです。この菓子の香りは良かったのですが、中身は空っぽだったのだそうで、そう言う騙しごとを、「ごまかす」といったと言うのだそうです。本物に、偽物を加えたり、混ぜたりしていることも多いのです。

そういったことが大手を振って、罷り通ってしまう現代社会に、呆れかえってしまいます。計量も、裁量も、報道も不正が多くみられる時代です。昔、ニューヨークからやって来た方が、こんなことを言っていました。『もし、<裁き>があるなら、最も厳しく裁かれるのは、弁護士でしょう!』とです。アメリカの社会でも、そうなのですから、日本も、何をか言わんやです。裁判所で、時に民事の裁判の時には、双方の弁護士の間で、<裏取引>をするのが通例なのだそうで、どうも、この職業が弱者の味方だとは言えないのかもしれません。

裁判官も、先頃取り沙汰されていた検事も、公正さから逸脱している例がありそうです。政治の世界も、清廉潔白な世界などではないことが、馬脚を表している様です。教育の世界はどうなのでしょうか。期待し過ぎてしまうと、裏切られることがありそうです。結局は、一人一人の生き方なのでしょう。やはり、正直に生きたいなと思うのです。騙されても、人を騙すことはしないで、もう少し生きて行きたいものです。
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朝顔の咲いている様子を、もう何年も観察し続けているのですが、自然界は、《正直な世界》だということが分かります。朝に夕に水やりをして、美しく咲く様を褒めたり感謝したりすると、気持ちが伝わるのでしょうか、精一杯に花を開いてくれます。ただ、こちらに向いてではなく、陽の光に向かって花を開くのです。

華南の街で、二度目に住んだ家には、小さな庭がありました。高い石段の下に岩があって、その端っこで、小さなが花が咲いていました。朝顔もこの小さな花も、「自然の理」に従って生きて、咲いて、見る者を喜ばせ、励ましてくれるのです。そこは、まさに「誤魔化し」のない世界です。

(華南の野花と今朝〈7月7日〉の朝顔です)

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