私たちにもある

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『誰にもふるさとがある!』、作詞が山口洋子、作曲が平尾昌晃の「ふるさと」を、五木ひろしがうたいました。そう、私たちにも「ふるさと」があります。

祭りも近いと 汽笛は呼ぶが
荒いざらしの Gパンひとつ
白い花咲く 故郷が
日暮りゃ恋しく なるばかり

小川のせせらぎ 帰りの道で
妹ととりあった 赤い野苺
緑の谷間 なだらかに
仔馬は集い 鳥はなく

あー 誰にも 故郷がある
故郷がある

お嫁にゆかずに あなたのことを
待っていますと 優しい便り
隣の村でも いまごろは
杏の花の まっさかり

赤いネオンの 空見上げれば
月の光が はるかに遠い
風に吹かれりゃ しみじみと
想い出します 囲炉裏ばた

あー 誰にも 故郷がある
故郷がある

先月、23日に、台風の影響で、出発時間が、4時間近く遅れた飛行機で、華南の街の空港に降り立ちました。着陸の瞬間、思い出が湧いて出る様に、懐かしさで心が溢れそうになりました。9ヶ月ぶりの感情としては、けっこう心が昂ぶっていました。家内と12年を過ごし、多くの友人たちと交流した街だからでしょう。

婚礼でお話をさせていただいた若い友人が、車で迎えてくれました。呼びかける中国語の響きが、思い出を蘇らせたのです。そこは、家内と私の《第二の故郷》だからです。実は、こんなに長く住み続けるとは思いませんでしたが、人生とは不思議なものなのなのでしょうか、素敵な出会いがあって、心を交わし合う好い交流があっての年月でした。

そこは家内が二度入院し、友人たちの篤い友情で過ごした街です。日本のように完全看護ではなく、家族が近くにいないのに、多くの友人たちが朝昼晩と三交代、四交代で、家内の上も下も、懇切な世話をしてくれた街です。美味しい果物や野菜が出回ったりすると、季節に応じて差し入れをしてくださり、ご自分の田舎から届いたと言っては、魚や野菜を届けてくれた街なのです。
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『遠くにいる親戚よりも、近くの他人。』と言うのですが、中国の社会でも同じで、家族の役割を、友人たちが担って、『お二人は私の家族ですから!』と言って過ごして時々でした。風邪を引くと中国漢方の薬を、腰が痛いというと貼り薬を、元気をつけてと栄養剤を持って来てくれた年月です。入院費や治療代まで払ってくださったのです。結婚式に呼ばれ、生まれた子どもの「満夜」の祝福日に招かれ、病んだ方や遭難してご主人とご子息を亡くされたご婦人を慰問し、養老院を訪ねて逆に励まされ、友人のご母堂の葬儀にも参列し、スピーチをした街です。

友人たちの流す涙を見、辛い思いを聞き、喜びが満面にあふれた顔を見、夢にあふれた将来の計画を聞きいた年月でした。学生たちに日本語を教え、訪ねてくる彼らにカレーライスやスパゲッティやラーメンを作り、一緒にテーブルを囲んで談笑した街です。

まさに家内と私の《真性のふるさと》なのです。きっと近いうちに帰郷することができることでしょう。お茶や麺や乾燥アワビ、オーストラリヤから持ち帰ったコーヒーやチョコレート、家内の体力回復のための栄養剤、元気になって首に巻くスカーフなどのお土産を持たせてくれました。物のやりとり以上に、愛や優しさや労りのやりとりにほだされた年月であり、街でした。まさに燦(きら)めくような、と言うべき街と日々なのですから。

そして、中国大陸にも、誇れる「ふるさと」が、《私たちには》あるのです。

(滞在中に下さった省南特産の「柚子youzi/ボンタン」、「ふるさとの海」です)
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