起死回生

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私の身内で、《我慢強い》のは、母と弟でしょうか。と言うか、《弱音を吐かない》のです。痛くっても、苦しくても、泣いたり叫んだりしないからです。父も、兄たちも、<弱虫>だけど、かく言う自分も、けっこう泣き言を言わずに生きて来たかな、って思い返すのです。

三番目に痛い経験は、一人の男が、いきなり服を脱いで、裸になって、体の入れ墨で威嚇しながら、こん棒で私の頭を殴った時でした。不意打ちで、思いっきり前頭部を叩かれたのです。目から火花が飛んで行きました。二発目を、左腕で受け止めた時に、そのこん棒が真っ二つに折れたのです。それでひるまなかった自分は、今度は鉄拳を、この男の顔面に浴びせました。正当防衛でした。二、三発し続けていたら、この男の仲間が、『もうやめてください!』と嘆願したのです。この男には、闘う意志がなくなっていたからです。

今春、帰国時に、友人の紹介で歯科医に治療に行きました。兜町の株取引の関係者が、多く来院すると言っていた、腕利きの医師でした。この方が、奥歯の治療をしながら、よく話し掛けるのです。口を開けられ、返事ができないのに、同意を認める様な話をしてきて、困ってしまったのです。患者を、歯を健全に保つために教育していたわけです。

『最近、タクシーの運転手が、公園の近くに車を止めて、水場で、食後の歯磨きをしてるんです。今まで、こう言った光景を見たことがなかったのですが、最近は、よく見かけるんですよ!』と言って、食後の歯磨きを励行する様に、暗に、教えてくれました。そう言った話をする方でした。

この方が、下の奥歯の中心にある、生き残った歯を大切にする様に、言うのです。『最近、人が我慢強く無くなったのは、この奥歯を抜いてしまったからです!』と言うのです。それは、《我慢》のために、グッと噛む歯なのです。母も弟も、この奥歯を噛んで我慢強く生きていたのでしょう。涙を流す姿を見たことがないのです。歯一本が、どれほど人間の生き方や在り方を左右するかを、歯科医の立場から強調し、『立派な前歯も、グッと噛む奥歯も、しっかりケアーして、大事にしてくださいね!』と、激励されたのです。

歯をほめられたのは初めての経験でした。人間には、どこかにほめる部分を持っているのでしょう。『自分のそばにいる人に、それを見つけて、褒めることをしようと!』と、この歯医者さんに会って、心に決めたのです。そう二番目に痛かったのは、中耳炎に罹った時です。耐えられない痛さで、どうすることもできませんでしたが、泣かずに、耳鼻科に連れて行ってもらって、膿んだ部分を切開してもらって、痛みが止みました。

一番目の痛さは、39歳の時に、腎臓摘出手術をして、ICUで目が覚めた時でした。泣かなかったですが、グッと奥歯を噛んだのですが、耐えられずに、麻酔を、看護士さんに頼んでしまいました。この歳になって、我慢強さは、人の意思だけでなく、奥歯にも関係があることを知らされたのは感謝なことでした。

浮世は辛かったり、痛かったりです。災害に、繰り返し見舞われ、狭い国土で生きて来た日本人は、けっこう我慢強い民族なのでしょう。グッと奥歯を噛んで、繰り返し襲う災害を、あの独特な《ニヤニヤ笑い》でも誤魔化しながら、父や母、祖父母、昔ながらの日本人の特技を使って、起死回生、生き延びて来たのでしょう。改めて、我慢の一つが、どこから来るかを学ばされた私は、希望を天に繋ぎながら、もう少しめげずに生きていこうと思っています。今年の日本も、《我慢の子》たちが、『それでも!』と、克己(こっき)しています。

(葛飾北斎の描いた「富士山」です)

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