キャル

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1910年代のアメリカ西海岸の一つの家庭に起こった出来事です。その父親が、カルフォルニア州サリナスの農場で、手広く農業をしていました。東部から移って来た彼には、男の子が二人あります。出来の好い兄を溺愛し、ひねくれ者の弟・キャルを疎んじている、そんな父子家庭が舞台でした。お母さんは、すでに亡くなっていると、子どもたちは聞かされて育ちます。ところが弟は、どこかで生きているということを漏れ聞いて、捜すのです。

自分の街の駅から無賃乗車をして、そこから離れた港町に、キャルは降り立ちます。場末の飲み屋を経営している女性を見つけ出して、尾行を続けます。彼女を問いただすのですが、相手にしてもらえません。確証を得られないまま、仕方なく家に帰るのです。そしてお父さんに、お母さんの事を問うのですが、相手にされません。ところが、お父さんの友人の街の保安官が、キャルに、両親の結婚写真を見せてしまうにです。それを見たキャルは、訪ねた女性が、自分の母親だと確信するのです。

その頃、お父さんは、収穫したレタスを、氷で冷蔵して、東部の市場に貨車を借り切って送ろうとするのです。ところが、雪崩が起きて、貨車が途中で停車し、レタスが腐ってしまいます。お父さんは、大損をしてしまいます。弟は、そのお父さんを助けようとするにです。ヨーロッパ情勢は戦争が起こる兆候が見られるとの情報を得て、高騰するであろう「大豆」を栽培すれば、儲けられるという話をキャルは聞きます。その資金の調達を、再び港町に行って、自分の母であることを認めさせた上で、お母さんから借りるのです。そして大豆栽培を開始します。

間もなく第一次世界大戦が勃発し、栽培し収穫した大豆を売ると、お父さんの損失を、穴埋めできるほどの十分な収入を得られたのです。しかし、戦争を利用して多額の金を手にしたキャルを、お父さんは厳しく叱ってしまいます。差し出したお金を受け取らなかったのです。父を憎く思ったキャルは、兄にも憎しみを向け、港町の母親のもとに兄を、強引に連れて行きます。
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死んだと聞かされていたお母さんが生きていて、しかも自分の思い描いていた理想の母親像と違ったお母さんと、電撃的に出会って、兄は半狂乱の様になり、大きな衝撃を受けてしまうのです。そして嫌っていた戦争に、自ら志願して欧州の戦場に征ってしまいます。その兄息子を見て、お父さんは脳溢血で倒れてしまうのです。

父の愛を受けずに育ったキャルを、兄のガールフレンドが、『キャルを愛してあげて!そうでないと彼は一生ダメになってしまうから!』と、お父さんに執り成しをするのです。お父さんは、それに応え、キャルを受け入れ、看護師を追い返し、自分の看護をキャルに任せるのです。辛い経験をしながら、キャルは、父の愛を、遂に獲得するのです。こういった話です。

これは、ジョン・スタインベックの原作、エリヤ・カザン監督制作の映画、「エデンの東」です。キャルのお兄さんが、哀れでした。出来の好い息子なのに、母や弟をありのままでに愛せなかったからです。自分と違っている弟を認められなかったのです。母の現実を受け止められませんでした。欧州の戦線に、街の駅から列車に乗って出征する時、窓ガラスに頭をぶつけて割ってしまい、傷を負って血を流すお兄さんの様子は、まるで「死」を象徴するかの様で、画面に釘付けにされて、まだ中学生の私には衝撃的でした。

壊れた家庭の悲劇をスクリーンに見て、恵まれない家庭で育った父と母を、やっと理解できる年齢になりつつあった年頃でした。私たちの両親は、ハンディーがありながら、精一杯、私たちを育ててくれたのです。養育放棄をしませんでした。義務教育だけで終わっていても当然なのに、大学にまで学かせてくれたのです。『後は自分で生きていけ!』、これが父でした。今や、兄弟四人、子育てや仕事といった社会的な責任を果たし終え、静かな余生を送っています。もう少し、私にはすべきことがありそうです。父と母への感謝は尽きません。

(カルフォルニアにサクラメント近郊の農場です)
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