隣人を喜ぶ

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 先一昨日の夕方、大きなスイカを頂いたそうで、近所の方に分け、残りの半分を、汗を拭き拭き、玄関に持たれて、知り合いがやって来られました。私たちにも食べさせてあげたいと、家内が散歩で出会ってから、よくおいでくださって、この街の情報や歴史を知らせてくださるご婦人なのです。

 一人暮らしで、長く、接客のお仕事をされた方で、時には写真や、新聞の切り抜きを持って訪ねてくれます。私たちが若い頃から存じ上げている方の親戚で、この街に住んでおられて、そんな方と出会うといのも不思議な出会いで、家内の親族の出の街の近くの出身でもある様です。

 『袖触り合うも他生の縁!』でしょうか、電車の向かいの座席に座っている方、財布を拾って案内所に届けてくださる方、スーパーのレジに並んで前後している方、壁一つで隣り合っている方など、人との出会いやすれ違いや隣り合わせは、何か偶然ではない様に感じるのは、人との関わりが大切なのだとの証なのでしょうか。

 「隣人」の権利を冒したり、偽証をしたり、蔑んだり、憎んだり、悪を図ったりすることを、「聖書」は、見逃さずに、禁止しています。若い頃に、JR中央線の電車から、外を見ていますと、沿線の高架の車中から、[遠くの親戚よりも、近くの◯屋!]と言う看板を見つけたことがありました。

 それは、『もし、あなたが困ったら、遠い親戚に頼るよりは、ここ[質屋]を頼っておいでください。当座の必要をお貸しします!』との宣伝広告だったのでしょうか。聖書の箴言の中に、

『あなたの友、あなたの父の友を捨てるな。あなたが災難に会うとき、兄弟の家に行くな。近くにいる隣人は、遠くにいる兄弟にまさる。(新改訳聖書 箴言27章10節)』

とあるのです。世帯を持ってから、この質屋に行ったことがありませんでした。人にお金を借りたたことが一度だけありました。教会学校で、バンの車が必要になって、それでキャンプに参加できたらいいな、とお金を借りて、買ったのです。それは、完済しましたが、それまでの間、〈貸し手の奴隷〉になった様に感じてなりませんでした。借金までして買う必要はなかったかなと、今になると思うのです。

 それ以降、財布の中にお金がなくても、借金だけはせずに過ごすことができました。『俺の手で家族の必要を満たす!』と思いながら生きてきましたが、健康を支えられ、怪我をした時には、友人や兄弟が助けてくれたのであって、何一つ己の力などにはよりませんでした。自分の力によったのではなく、いつも助けが、ちょうど良いほどに、ちょうど良い時に与えたれて、今日を迎えています。

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『だれに対しても、何の借りもあってはいけません。ただし、互いに愛し合うことについては別です。他の人を愛する者は、律法を完全に守っているのです。(新改訳聖書 ローマ13章8節)』

 これは、手ずから働いて、地中海世界に伝道を繰り広げて、キリストの教会を生み出し、そこに仕える者たちを養成したパウロが言った、愛だけは借りても良いと言う勧めです。隣人の存在も、神の配剤のひとつなのでしょう。主の名を辱める様な生き方から、免れて生かしてくださったことの感謝しております。

 母が父と死別して、次兄が、母のその後を看てくれたのです。支給されてていた遺族年金を、母は蓄えていたのでしょう。母の亡くなった後に、郵便局から連絡があったと兄から連絡をもらいました。そのほとんどの部分を、病んで帰国し、入院治療をしていた私たちがもらうことができたのです。それは大きな助けでした。

 心を励ましてくださる、川向こうに隣人夫妻がいて、一緒にチェロ演奏のビデオを鑑賞する機会を設けて、誘ったりしてくださったり、闘病の知恵をくださったり、一昨日は、本を貸してくださるために、ご婦人が訪ねてくださり、一緒におはぎを茶菓に、お茶を淹れて飲み、談笑しました。ゼリーのお土産まで持参してくださったのです。隣人と家族に恵まれて、今を過ごしております。

(ウイキペディアの切スイカ、巴波川です)
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