回顧、辞書には、「過去(後ろ)を振り返ってみること。『往時を回顧する』」、「来し方を顧みる」とあります。中学生の頃には、意味が全く分からない言葉でしたが、この年になって、やっと分かるようになり、そうすることが実際に出来るようになりました。これは、『回顧しよう!』と決心して過去を振り返ることだと思うのですから、「懐古」と似ているかも知れません。懐古、辞書には、『昔のことを懐かしく思うこと。懐旧。『子どもの頃を回顧する』』とあります。ところが、どうも「ふと思い出す」のとはちょっと違うようです。
最近、子どもころのことが、しきりに思い出されてまいります。喧嘩をしたり、転んだり落ちたりで怪我をし、食べ過ぎて腹痛を起こしたり、風邪を引いたり、病んだりしたことなどです。今日、友人の家に行きます時、「公交車」という路線バスに乗りながら、手のひらや甲を見ていましたら、何と多くの「手傷」、「切り傷」があるのを再発見したのです。右利きの私は、刃物を右手に持って、いろいろと細工をしては、刃物を滑らせたり、力を入れ過ぎたりで、左手を切ったことが多いので、左の腕の手のひらや甲や指に、数えきれないほどにある傷跡を見ていました。ところが、利き腕の方は「加害者」であって、傷跡は少ない筈なのですが。傷つける右手に、多くの傷跡が残っているのは、どうしたことなのでしょうか。傷跡に日付を記しておきませんでしたので、『何時、何処で、何故?』のことだったかを思い出せないのです。
そんな傷跡のことを考えていましたら、これまでの自分の生きて来た年月の間に、しでかした「失敗」の多さが思い出されてなりませんでした。赤面の至りで、恥ずかいいことが多くて、今でも顔を覆いたくなってしまうほどです。テレビや新聞で、大事故が報じられるときに、結果と原因の因果関係が語られるのですが、決まって「ハインリッヒの法則」が引き合いに出されます。アメリカの損害保険会社の研究部長だったハインリッヒが、労働災害を統計学的に調べた結果から引き出された、この法則は、『1つの重大事故の背後には、29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する。』と言うのです。『大事故が起こる前には、必ずと言って小さな事故が、何度(29回ほど)も起こっていて、「あれ?」と思うことが数限りなくあるのです。対策を講じないでいると、今に大事故に繋がりますから、小事故のうちに対策を講じなさい!』と言っているのでしょう。また、『度々起こる小さな事故や失敗は、数多く(300回ほど)の「ひやっ!」とか「あれっ!」と言ったことに気付いたら、何時か、大事故の起こる予兆ですから、十分に注意を!』と言うのです。
中学に電車通学した私は、中央線の電車の運転席や車掌室に興味がありました。運転手や車掌の身振りや手振りが面白かったからです。彼らは、決まって右手の人差指で《指差し》をしては、『よーし!よし!』と確認をしていたのです。計器やドアーの開閉や車両の様子の安全を確かめてから、発車するのです。何時でしたか、一度やってみたくて、西武線の電車に乗ったときに、車掌室にあるドアーの開閉器を作動してしまったことがありました。大変危険なことを承知していたのですが、その衝動に負けてしまったのです。もちろん車掌がする、《指差し確認》などしないままでした。大変、叱られたのを覚えています。学校の制服を着ていましたから、どの中学の学生であるがが分かっていたはずでしたが、学校には通報されないままで、そのまま不問に付されました。
そんな私の「異常な行動」や「軽微な失敗」が、その後、大怪我や病気や大過失など、様々なことを起こしていくのですが。失敗の多い人生を顧みて、『偶然などありえない!』という法則を見出したのです。結果は、必ず原因があること、だから人のせいにはしないことに決めたのです。実は、こちらに来てから、「気管支炎」だと言われました。家内は、『中国の空気のせいです!』と、中国を悪者にして、私をかばってはくれますが違います。小学生の頃に、父が、『雅、一本付けてくれ!』と言うので、煙草盆のタバコを咥えては火をつけ、何度も父に渡したことがありました。それが切っ掛けとなって、中学1年生の頃には、隠れ喫煙家になり、25歳でやめるまで吸い続けたのです。これが、「気管支喘息」の本当の原因です。
多くの人が、自分の過失や罪の言い訳をします。誘惑者のせいにしているのです。違う、あなたが自己打診を蔑ろ(ないがしろ)にしてきた結果に他なりません。私は、その法則の立証者ですから。顧みながら、省みている今日この頃の私です。